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最高裁判所第一小法廷 昭和47年(あ)2295号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人東城守一の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、憲法二八条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、単なる法令違反の主張であって、すべて適法な上告理由にあたらない。

なお、争議行為に際して行なわれた犯罪構成要件該当行為について刑法上違法性阻却事由の有無を判断するにあたっては、その行為が争議行為に際して行なわれたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かが判定されなければならない(最高裁昭和四三年(あ)第八三七号同四八年四月二五日大法廷判決刑集二七巻三号四一八頁参照)のであって、かかる見地から本件をみると、被告人両名を含む本件ピケ隊によるピケッティングは、原判決判示の事実関係に徴すると、法秩序全体の立場から許容されるものとはいい難く、刑法上違法性を欠くものではないから、これについて威力業務妨害罪の成立を認め、これを鎮圧排除しようとした警察官の実力行使に対してなされた被告人両名の本件暴行が公務執行妨害罪を構成するとした原判決の判断は、結論において正当である。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

弁護人東城守一の上告趣意

第一点 原判決は、最高裁判所大法廷昭和四一年一〇月二六日いわゆる全逓中郵判決と同四四年四月二日いわゆる都教組判決との二判例に反し、破棄されるべきである。

一、全逓中郵判決と都教組判決とは、公社職員と五現業職員ならびに公務員についてのストライキ禁止規定の解釈運用に当っては、「労働基本権の制限違反に伴う法律効果、すなわち、違反者に対して課せられる不利益については、必要な限度をこえないように十分な配慮がなされなければならない。とくに勤労者の争議行為等に対して刑事制裁を科することは、必要やむをえない場合に限られるべきであり、同盟罷業、怠業のような単純な不作為を刑罰の対象とするについては、特別に慎重でなければならない」(刑集二〇巻八号九〇七頁以下)とし、また「……さらに進んで考えると、争議行為そのものに種々の態様があり、その違法性が認められる場合にも、その強弱に程度の差があるように、あおり行為にもさまざまの態様があり、その違法性が認められる場合にも、その違法性の程度には強弱さまざまのものがありうる。……争議行為に通常随伴して行われる行為の如きは、処罰の対象とされるべきものではない」(刑集二三巻五号三一四頁以下)と判示する。

二、この二判例は、公務員などの争議行為について、これを禁止する法規定を合憲であるとしても、その合憲性の範囲は、憲法二八条が一般の私企業の労働者に適用される範囲からとび離れて解釈適用される趣旨ではないということを力説していると解すべきである。

したがって、本件についてみるに、原判決にいうところの次の判示は右二判例の趣旨と反するものといわなければならない。すなわち、

公共企業体等の職員および組合は公労法第一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行ってはならない義務を負っていることはいうまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合のものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する義務を負うとともに権利を有するものである。

とのべて、

その結果民間企業ならば許される程度のピケッティングであっても、公共企業体等の場合は許されないものが生ずることになるが、これは、その相手方たる組合員の立場の相違が諸般の事情の重要なものとして考慮される結果にほかならないのである。

というように、民間私企業との対比を判断し、結論として、

そしてピケッティングが右の相当な限度を越えた場合においては、すでに労組法一条二項にいわゆる「正当なもの」ということはできず、その行為が刑法二三四条の構成要件に該当するかぎり同条によって処罰されるべきいわゆる可罰的違法性を有するものとみることができる、と。

三、この原判決の論理は、明らかに刑事責任次元の法と民事責任次元の法とのそれぞれの体系を区別せず、民事責任法としての公労法一七条一項を、卒然として刑事責任法としての刑法二三四条の解釈要素として導入し、そのために刑事免責法としての労組法一条二項(つまり憲法二八条)の解釈を誤ってしまったものということができる。

原判決が、はしなくも指摘しているように、すなわち、公労法一七条一項の禁止に違反して「自らが解雇等の民事責任を負わないためにも」と判示しているように、公労法一七条一項は、どのような意味でも刑罰法規ではないのである。(この点につき全逓中郵判決のうち岩田裁判官の補足意見参照。)換言すれば、公労法の同条項はそこに何らの刑事法上の違法性を定型化したものではないのである。それゆえ、刑法二三四条を解釈運用するについては、公労法一七条一項を顧慮することはこれを要しないのである。刑法同条だけをみて判断すべきなのである。

原判決のような誤解を生ずるのは、「ピケットと諸般の事情」という判断基準を考慮するに際して、この「諸般の事情」とは労使関係の流動的現象-つまり法的事実-を指称するものであるところ、この「事実」の「法的効果」(つまり事実からみちびかれる法的評価)の次元に公労法一七条一項という民事責任法を混入したからである。原判決も引用する四五・六・二三第三小法廷における「諸般の事情」とは「流動的労使関係事実」であることに徴しても、この誤解たる所以は明白である。

これを要するに、原判決は、公労法一七条一項は刑事責任を生じさせないとする全逓中郵判決と相異なる判断を為し、また労働組合のストライキに通常随伴する言動も刑事責任を生じないとする都教組判決の判断と異なっているものであって、破棄を免れない。

第二点 原判決は憲法二八条と労働組合法一条二項、公労法一七条一項との解釈を誤って、破棄されなければならない。

一、第一点にのべた論旨は、公労法一七条一項は刑事法上の違法類型を定型化した構成要件法ではないのであるから、これをもって刑法二三四条を解釈するよりどころとしてはならないというのである。

二、この論旨は、同様にして、憲法二八条とその下位確認規定である労働法上の刑事責任解除法として労組法一条二項の解釈についても該当する。ストライキとこれに社会通念上通常随伴する言動を不処罰とするのは憲法二八条と労組法一条二項の趣旨である。原判決は、すでに第一点においてみたように、公労法一七条一項を卒然として刑事責任法と誤解し、ピケットと諸般の事情との法解釈基準について、労使関係事実に代える民事責任法規定(公労法一七条一項)を以ってし、よって憲法二八条と労組法一条二項の法令解釈を誤ったものであって、破棄されるべきである。

原判決と一審判決とは、その事実認定について相異はない。したがって、右第一点と第二点との論旨によるとき、当上告審において被告人は原判決破棄、無罪とされるのが相当である。

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